Passing through~そらやのブログ

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WORK

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↑可愛い仔豚ちゃんのダンス動画が大好き過ぎて何度も再生していたせいでリアーナの曲を聴くとこの仔豚ちゃんの事ばかりを思い出してしまうように(^○^)


Rihanna - Work (Explicit) ft. Drake - YouTube


リアーナの曲はどれもクールなのに今では名曲california king bed を聴いていても浮かんできてしまいます。

大抵の日本人はcalifornia king bed を聴いたらニベアのCMを思い出すのでしょうが。

先日自分のブログを見ていたら豚のエサの広告が出てきました。

面白いw
なんでエサ^ρ^

昨夜発券したBKTSツアー大阪公演のチケットの整番がかなり後ろのほうだったけどよく考えたらもう公演日までひと月を切っていました。
目の前の事がいっぱいいっぱいだと少し先の予定がまだまだずっと先に思えてしまうから気持ちが追いつけないほど時間の流れは早いです。

そんな日がまた来る...

口コミってどれくらいあてになるのかは分からないしあまり見ませんがやっぱり自分が通っている病院や今後行ってみようと思っている病院の評判は気になります。


エイジングケアも兼ねてちょっと検査を受けたいなと思っていたクリニックの口コミで
『間違った点滴をされた』というのを見かけたので恐くなりました。
ここでお世話になるのはやめておこうと思ったので、ある程度の影響力はありますよね。
中には理不尽なものもあるでしょうが。
昨年末から喘息治療のために通っている病院も医療事務員さんの対応がひどいと書かれていますが私には思い当たる人がいません。
誰なんだろう(笑)
まだまだいい検査結果も出ないし気長に通うしかなさそうなので気にしないことにします。

そんな日頃の通院やら医院探しのストレスを離れ先日約1年ぶりに海外バンドのライヴを体験しました。


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カナダのバンドMETZのJapanツアーを名古屋のTIGHT ROPEで。
ここの音響は好きです。
ライヴもエネルギッシュで体調悪かったはずが終演後には元気になってました。

20代から30くらいまで英語を学んでいてずっと洋楽ばかり聴いていたのですがある時を境に英語が大嫌いになって外国人と話すのも嫌になってしまいました。
それより残念なのは洋楽もあまり好きではなくなってしまったこと。
海外アーティストのライヴには当然行こうともしない長い年月を経て相変わらず英語そのものは嫌いなままですが洋楽は数年前からまた少しずつ好きになってきて今はやっぱり大好きだなと。
そんなタイミングで体験する機会に恵まれたMETZのライヴは楽しむことが出来ました。

実は洋楽ばかり聴いていた時期も
ロックはほとんど聴いていなくて気に入っていたのはカントリーとR&Bでした。
衝撃的だったのはAaliyah
Age ain't nothing but a number




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いつでも大好きなBack&Forthはスマホでも。
Aaliyahとのお別れはあまりにも突然で悲しくて。
記憶の中の美しい彼女の歌声と彼女の歌にぴったり合う美しすぎる姿も自分が英語を学んでいた時代にはよく話題になっていました。
だいたいというかいつも彼女の話題を出すのは私でしたが。

懐かしい話をし始めると
自分が当時の想像とはかけ離れた方面に転がっていって今に至るんだなと笑ってしまいます。
たくさんの理不尽な事を知らず知らず乗り越えて来れたのは
きっと自分が頑張っている自覚がなかったからでしょう。

もっと頑張れるのでは?と思いながらもそう思いついた時点で頑張るのをやめてしまう今の自分を頑張っている自覚さえなくすほど頑張っていた過去の自分が見たらどんなにガッカリするだろうか?

こうやって書いてるとまたいつか頑張らなきゃいけない日が来るような気がします。

・・・それはちょっとマズイ(;>_<;)

筋書き通りのスカイブルー

最近GARNET CROWをよく聴いています。
ヴォーカル、作曲担当の中村由利さんの爽やかで少し寂しげなアルトと超絶美人AZUKI七(あずき なな)さんが書く極上の歌詞にすごく惹かれます。
私は一応読書家ですがこれまでに心を奪われた女流作家は僅か二人。
そのせいか音楽を聴く時も歌詞をどうしてもそのような色眼鏡で見てしまい女性ならではの特色が感じられると途端に興味が薄れ...
たぶん自己嫌悪も含め自分の中にあるミソジニー的な要素が拒絶してるんだろうなと分析。
単に私が女性として優れている部分がひとつも無いからこのように感じるだけかも知れませんがとにかくAZUKI 七さんの歌詞はそんな私にすら優しく1対1でいてくれるような気がして。
すごいポエマー、文学者に出逢えた!!ってGARNET CROWを聴き始めたばかりの頃の感激は相当大きなものでした。

捨て曲って何やねん?ハズレって?あるわけないやろそんなもん。

って声が聞こえてきそうな全曲がキラッキラのNo.1としか言いようがないアルバム
"SPARKLE ~筋書き通りのスカイブルー"




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最初このジャケットを見た時は女性メンバーお二人があまりにも可愛いので失礼ながらちょっとアイドルっぽいバンドかな?と思ってしまいましたが試聴してすぐにそれは間違いだと分かりました!
めちゃめちゃ実力派です。
中村由利さんは私の中で邦楽女性ヴォーカリストナンバーワンです。

頭の中でずっと大好きな
Last Love Songが流れている時は何もかも上手くいく気がします。

時代や流行り問わず
やはりいい音楽はいいです。
いつどんなタイミングで出逢えるか分かりません。






シマウマ

1年ぐらい前に知って既刊を一気に読み大好きになった「シマウマ」

発売されたばかりの18巻も期待通りの面白さ。そしてまたまたエッ、そこで続く?もっと先を読みたい!早く読ませて!ってすでに19巻が待ち遠しくなってしまいました。

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この漫画は1巻から一貫して表紙は主人公の回収屋の青年ドラ(倉神竜夫)が単独で描かれていて
どの巻も物悲しく険しい表情を浮かべています。

"あなたの不用品、回収させていただきます"

などと謳い依頼人が大金を払いさえすれば依頼人が憎む相手、何らかの理由で復讐したい相手に徹底的にダメージを与えるのが回収屋のオシゴト。但し人を殺さない主義...といっても回収屋に回収された対象者は社会的には完全に抹殺されたり肉体的にも半殺しに近い状態にされこんなんで今後生きていく意思が残るものなのか。。。


大人になるまで漫画を好きにならなかったし好きな漫画もなかったので
きっと私は少女の頃から漫画に親しんできた同世代の女性とは読む漫画の選び方も好みも大きく違うのでしょう。
周りの女の子たちが好んで読んでいた「花より男子」とか「ベルサイユのばら」とか「ときめきトゥナイト」は根気よく読む気にはなれなかったし私が初めて好きになり全巻購入して読んだ漫画は「るろうに剣心」でした。
その時はもう30代だったのでずっと漫画に興味がなかった自分がこんな歳になってから真剣に涙を流しながら漫画を読むようになったことに衝撃を受けました。
よく考えたらその歳になるまで自分が感動する漫画に出逢えていなかったというだけなのですが。
感動する、しないはその時の自分のコンディションで大きく変わるし出逢うタイミングって重要ですね。

るろうに剣心の志々雄真実が大好き過ぎて京都編はもう穴が開くほど何度も読み返したり志々雄キティなるものも購入したり(キティちゃんのお仕事熱心ぶりには脱帽ですね)すっかり志々雄様に心酔。
野心の強い筋の通った華のあるきらびやかな大悪党ぶりは悪者なのに魅力いっぱい。

るろうに剣心の志々雄真実も
シマウマのドラも漫画の登場人物としては最高に私の好きなタイプです。

これを可愛いらしい少女漫画を読んで育ってきた女性に話すと「えっ?変わってるね」と言われます(-o-;)
まあ、そうですよね。

彼女たちは少女の頃に女の子らしい惚れた晴れたの漫画に出逢いその漫画の中に出てくるカッコよくて優しかったり頭がよくて強かったりする男の子やお兄さまを好きになり、自分もそのような男性と出逢い恋愛が出来たらいいと夢を描く。
残念なことに私にはこんな乙女ちゃんな経験はありません。女性としてちょっと寂しいかも。
私の初恋があまりにも遅かったのは少女漫画の影響を全く受けていなかったからではないか?と今さら思うのです(笑)

情けなさや弱さ、欲望まみれだったり嘘つきだったり人間には誰だってダメ要素がそれなりにある。王子様もスーパーヒーローも聖女もいない。
そういう現実を知らなくはない年齢になってから初めて漫画を楽しむようになったので実際にこのような人と出逢って仲良くなりたいと思うような漫画のキャラクターは好きにならないわけで。
思いきり「うわっ!何だこいつオカシイあり得ない」というような登場人物のほうが面白くて魅力です。

漫画って最高の娯楽です。

2018.04.03

突然具合が悪くなり床でのたまわり机の脚を握りしめ苦しんだ翌朝固定電話が鳴りまだ体が回復していない私は電話に出ようとせず布団にくるまって二度寝することしか考えていませんでした。ナンバーディスプレイ機能がないので自治会の代議員や町内の組長を担当している時は必ず固定電話にも出るようにしているのですがその朝は本当に体がつらくて。
それでも鳴り続けて留守電に切り替わる度に切られる電話。
何度目かに切り替わった留守電にメッセージが吹き込まれるのが聞こえ、その一部を聞いた途端に飛び起きました。
不幸な報せが他人事ではないという恐怖。そして哀しむなら同情でもなんでもいいからとにかく人には生きているうちに気にかけてあげないと何の意味もないという事を強く思いました。
大人同志の遠慮もあるし社会生活を上手くやっていくには深く入り込まない、入り込ませない人間関係が理想的だと思いながら生きてきたけれど。このような考えが人間関係を希薄にして歩いて1分もかからない距離の不幸も止められなかった。
介護をしながら趣味を持って生きていた人が趣味で失敗をしてからそれを手放してしまい顔には少し笑みを浮かべながら「もうダメです」と。
好きでやっていたことを止めてしまわれた時点でのあの言葉は顔は笑っていても実は違う意味が含まれていたのかもしれません。
介護の経験があるし時には逃げ出したくなるほど大変で自分の好きな事が犠牲になることだって私は知っているのに
予兆に気づいてあげられませんでした。
きっとご近所の皆さんだって同じように後悔されているのでしょうが私も皆さんも結局身近な人の深刻な悲しみに気付きもせず何もしてあげなかったという事です。それを認めてただただごめんなさいと悔やむ事しか出来ません。
このような時には何を思って何を言えば本当の意味で礼儀にかなうのかも分かりません。


人との繋がり方を見直したいです。
これからは自分にとっては些細なことに感じるような内容でも思いを伝えようとしている人の話は真剣に聞きます。